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冒険とは脱システム

『新・冒険論』(角幡唯介・インターナショナル新書・2018)読了。

著者は、作家であり探検家。高野秀行さんと同じく早稲田大学の探検部出身。本書は自身の活動の原点でも冒険について語っている。本書でのメッセージはハッキリしている。

冒険とは脱システム

ということ。ちなみに探検と冒険もシステムの外側に出るという意味では、ほぼ同じ定義としつつ、ここでは、土地の踏査など行為自体に焦点あてると探検で、人間の営みに焦点あてると冒険としている。

著者によれば、冒険とされてきた領域が、情報通信テクノロジー(GPSや衛星電話)の発達やジャンル化としてノウハウの集積、共有が進み、システム化が進んでおり、もはや、それはかつての危険や未知への挑戦である冒険とは異なっているといえる。登山などのスポーツ化、競技化などはその具体例であると。

そんな既存の冒険の定義をこえ、真に冒険といえるのが、今だシステム化されていないフロンティアを自ら見つけ出しことの必要性を説く。そしてそれが困難なことであることも。事例として、人間の世界を飛び出し狼の世界に飛び込んでいった(!)ショーン・エリスや現代的装備を最小限に食料の現地調達に挑んだ服部文祥のサバイバル登山、そして著者の極夜探検をあげている。様々な領域で高度化されシステム化した現代でも探せば、まだフロンティアはあり、冒険のチャンスがあることを証明している。

冒険の価値とは何か?魅力とは何か?冒険の価値は、システムの外側に出ることによって、システムの境界線をシステムの内側にいる人々に伝えることやできるという役目である。また自らの命を管理することで、真に自由を得られる瞬間があるというのが、冒険の魅力である、としている。

【目次】
第1章 本多勝一の冒険論
第2章 脱システムとしての冒険
第3章 脱システムの難しさ
第4章 現代における脱システムの実例
第5章 冒険と自由
終わりに―放棄される自由を前に